Hayama – the town

Various thoughts regarding the community

As I wrote under My way to Japan I came to Japan when I was 22 years old young. Today I am 66 years old. That means, I have spent two thirds of my life in Japan.

And among those 43 years I have lived in Hayama for more than 30 years (do not remember the exact number) now. Maybe that is why I call this place “home”, even though it is not my ‘ancestral home’.

思春期で一番好きな作家ヘルマンヘッセは自分の作品で「故郷は特定な地域ではない - 心が落ち着く場所と時間だ」と書いた。

私は来日してから:東京(数週間)→鎌倉(約3年間)→横須賀(田浦、多分3-5年間)→葉山(町内で3回引越し;正確に覚えていないが凡そ25年間に住んでいる。余りにも長い間ここにいるから自分は - 外人の癖に - 「地元の人」と思い、観光客や最近住み着いた者を「よそ者」と認識している。

ittle guardian deities quietly – other than the noisy outsiders – watch over the community.
I really wish, the Japanese people could regain a little of this QUIET attitude.
The trend of the time demands that everything has to be quick and easy. Taking your time seems to give the impression of “loosing” something. These little stone deities are not in a hurry and might be still here in 500 years. Not like the fashionable crazes that drive people mad.
Erich Fromm:
“Modern man thinks he loses something – time – when he does not do things quickly.
Yet he does not know what to do with the time he gains — except kill it.”
夕日、鳥居、松、海・・・ 好きなものが全揃っているぐらい。
お寺の「入り口」は良く「山門」と呼ばれる。こちらはいかにも山門がある。こちらと向こうは別世界。
希望があるとしたら・・・ 私は「戸締り」が嫌い。出来ればそのような門を何時までも空いている事にして欲しい。
夕日が沈む直前今にも消えそう太陽の光が妙にお寺の屋根を入り口付近で支える柱に施されている彫刻に「脚光」を浴びせている。
普段そこにある事が余り意識しないものを静かに浮き彫らせる。
一度死んだものから躊躇なしで新たな命が生まれる。
命 - どの命も - それは人間が作った / 造れるものではない!。
全ての命は奇跡だと信じたい。
そう考えると人間が他の命を奪う「権利」がない。
朝通勤の際真名瀬漁港で良く見る風景だ。特別な事ではないかもしれないが、それを見ると何時も「ありがたい」と思う。
海の側で生まれ育って、一度も(長い間)海から離れたことない私にはこれがいかにも「故郷」を象徴している。
雨の日に自宅の仕事部屋から見た風景だ。ほぼ地面まで降りてきた雲は木の向こうまでの視野を遮って、熱帯雨林にいるような錯覚までおこしてしまいそう。
治療院の近くに流れる「森と側」を治療院の直ぐ側で「亀井戸橋」がある。側を覗いてみるとよくこのような亀、時々2-3匹いる、が見られる。
橋の名前の由来が何となく見えてきて、納得する。
思い出のある葉山町関連の捨身

町並みは地域社会のアイデンティティ

(飽くまでも個人的な意見)

「町並み」と言う言葉はよく聞きます。自分の伝統を忘れつつある現代日本社会ではそれを“Mytown”と呼ぶ人々も少なからず。

旅に出かけて「○○の町並みは綺麗ですね」とか「○○の町並みを見るとほっとする」などの表現も頻繁に耳にするし、自分でも使います。 

「町並み」は辞書で見ると「町の道筋に人家が建ち並んでいる様子。また、そのところ。」と書いてあります。又は〔動詞「なむ(並)」の連用形から〕(1)世間一般にごく普通であること。本来平凡の漁村であった葉山町、ある一定のスタイル、雰囲気、そこに住む人々の「共同表現」として捉えたい、日本文化の正体=ルーツ=根でもあるような気がします。英語ではこの地域社会は“community”と言い、“common”(共通の,共有の,共同)と言う意味から由来する。同様な意味は commonplace, commonsense, unite, unity 等に見られる。 

しかし、最近の町並みはそのような役割を果たしていないような気がします。「並」は「個人主義」の「(津)波」に飲み込まれ、立ち並んでいる家、特に最近出来ている物はどこの時代や文化圏が由来かが不明で、本来開放感や通気性を確保するための大きな窓はどちらかと言うと要塞の「狭間」か「銃眼」に似て来ました。開け閉めは出来ないものは「羽目殺し」と言い、窓が殺されました。 日本の長い歴史を通じてこの国の気候1)に合う建築、そしてそれを支えてきた世界最高峰の技術を持っていた日本の大工さんは何処風が分からない、技術を要しないプラスチック素材組み立て式の犠牲となってしまった。 

 日本の文化や伝統を憧れる私にはこのような動きは残念でなりません。元々日本人ではないので本来の意味でここは私の「故郷」ではないかもしれないが、所謂心の故郷であった:小さくて、謙遜な庶民的な町。この心の拠点にあった自分の「ルーツ=根」が失いつつある事を感じるのは私だけでしょうか。街の「身元」は今町民どう捕らえるでしょうか。

英語では自分の故郷を無くしたことはいかにも “uprooted” (根が堀起こされた)と言う。偶然か。

1)日本の気候と文明に関して清水馨八郎の「日本文明の真価」と言う書物は参考になる。